保険 アリコ

moon in the noon

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最期の約束
これまだ書いてなかったよなぁ。。。

先程、友からのメールを読んで・・・
ちと思い出してました。

私の父の最期の最期をね。



亡くなる前の日、真昼間に母から電話がかかってきて・・・

その頃の母親は、父の介護でほとんどノイローゼ状態で
私は、仕事中でも、家に帰っても
何度も何度も同じことを繰り返される母親の話に
かなりうんざりしていた。

車の中でいくども長く鳴り響く携帯。。。

3〜4回目くらいかな・・・しかたなくでたのは。

「お父さんが息してないの。心臓も動いてない。。。
 おねえちゃんどうしよう。。。」

「は???」

父は、その年の早春に、職場で脳内出血で倒れ
一時は意識不明とはなったものの
医者に言わせれば、奇跡的な回復をして、自宅療養中だった。

定期健診もしっかり受け、命にかかわるようなことはなにもなく
ちょっとした異変でも細かく対処していただいていた。

その日もふつうに母と歩いて買い物へいき、昼食をとり・・・
その直後の出来事だった。

「わたしになんか電話かけないで、まず救急車呼んで!!!」

「あ・・・今かけた。なのにまだ来ないの。」

「そりゃそうやろ。。。目の前に消防署ないし。。。
 とにかく落ち着いて。」

まぁこんなやりとりをしているうちに救急車が到着し
私もいきつけであった搬送先の病院へかけこんだ。

父はICUに入って蘇生を受けている真っ最中だった。

そして、医師とのやりとり・・・それは延命治療についてだった。
父は、延命治療だけは受けたくない
とのはっきりした意思表示を。何度も家族に訴え続けていた。
なのでこの点は、私たち家族もすでに心に決めていた。

心停止から30分後、自発呼吸はなかったが、父の心臓は動き出した。

はたしてこのままいつまで生きてくれるのだろう。。。
父は医師がいうところの「奇跡」を何度も克服した人だった。
今回ももしかしたら奇跡的に回復するのかもしれない。
心のどこかでそう思っていたような気がする。

気がつけばもう外は真っ暗・・・夜中になっていた。
とりあえず母は泊り込み、私は朝から交代しようと家へ帰った。
弟は夜勤で出かけており、父が倒れたこともまだ知らされていなかった。

朝になり病室を訪れた私が見た光景は
やや冷たくなってきていた父の足を
冷たい病院の床にひざまずいてさする母親の姿だった。

「お父さんの足、冷たいのよ。
 こうやったら少しはあったかくなるかと思ってね。。。」

そう言っては足や手を懸命にさすり続けていた。

父はやはり奇跡的に自発呼吸をしはじめて、人工呼吸器ははずされていた。

私は父親のところへいき「お父さん、来たよ」ただ一言だった。

私は家であまり話をしない。これは幼い頃からずっと。
特に父親とはほとんど会話がなかった。

私のその一言を聞いた父は左の目から涙をこぼした。

「あ・・・お父さん聞こえてるんだ。。。」

ふとそう思った。

心音はどんどん下がっていき、人工呼吸器はまたつけられた。

医師からは

「・・・そろそろなので会わせたい方がいらしたら呼んでください」

と告げられた。

家にあった書置きを読んだ弟が病室へ来た。

弟は何度も何度も職をかえ、今回の仕事場も行きだしたばかりだった。
父が職場で倒れた頃は所在不明で、ちょっと前に家に帰ってきたばかり
父の病状もほとんどわかっていなかったし
別にあっちから聞くこともなかった。
ほかに行くところもなくてしかたなく家にいるような状態であった。

「K・・・お父さんが息がある間にちゃんと約束して・・・
 これからはちゃんとするって。。。」と私。

弟はふてくされたような態度で

「あぁ。。。」



・・・病室に流れる重苦しい空気。。。

人工呼吸器の機械的な音と父の苦しそうな息づかいだけが聞こえた。



あまりにも苦しそうな父の息づかい。
延命治療だけはしてくれるな。。。
そう何度も言っていた父。



わたしの口をついてでてきた言葉は

「お父さんもういいよ。みんなそろったし。もういいよ。。。」

「お父さん。お疲れさま。ゆっくりやすんでね」と涙ぐむ母。

まだふてくされたような表情でそっぽを向いたままの弟。

ほどなくパタパタと小走りで近付いてくる複数の足音。



・・・父の心臓は完全に停止した。



私たちの声は、きっと父に聞こえていたのであろう。
そう信じたかった。

弟が来るのを待ち、約束をし・・・
安心して旅立ったのだと、そう信じたかった。



弟とはもう数年来会っていない。
今も所在不明である。

私が弟に最後に会ったのは
拘置所の面会室のあの穴の開いたプラスチック越しである。

医学的にいうと意識がない父が
そこまでしたあの約束を守っているのか。。。
私たち家族は、今はまだ知らない。





       友達の親族様へ

   最後となり大変失礼では御座いますが

   謹んでご冥福をお祈りいたします。

   どうぞやすらかにお眠りくださいませ。

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