保険 アリコ

moon in the noon

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嫌いな お誕生日

私のお誕生日が、少し前にあった。

 

幼稚園の時、

家でお誕生会をやり、

お友達をたくさん呼ぶのが流行った。

 

家にあるテーブルをすべて出し

乗り切れないほど料理を並べ

後にも先にも買ったことがないような大きなケーキ

いつもは禁止されてた炭酸飲料もたくさんある。

プレゼントのお返しや土産の菓子まで用意し

部屋にはたくさんの飾りつけ

髪も服もみんな目いっぱいおしゃれし

お友達からはたくさんのプレゼント。

たくさん写真も撮った。

みんな楽しそうに笑ってた。

私も楽しげに笑ってた。

 

今でも鮮明に覚えている。

子供の頃の思い出で

もしかしたら

一番楽しかった思い出かもしれない。

 

友達とあそぶことを禁止されていたので

一生涯において

自分の家に友達が来て

みんなでわいわいしたっていうのが

この記憶しかないからかもしれない。

 

しかし

これから先の私のお誕生日は

 

思い出が

 

父親からのプレゼントしかない。

 

私に学問的な期待しかなかった父親からは

本や勉強にかかわる物しかなかった。

私は子供らしく普通に

お人形やおもちゃが欲しかった。

 

でも言えなかった。

我が家では

子供には

意見など

なかった。

 

あのパーティーにすっかり懲りたのか

母親は

私のお誕生日をそれから先

一切、祝わなかった。

そしていつしか

私のお誕生日を

私のお誕生日だけを

 

忘れた。

 

子供の頃しばらくは

その大変だったお誕生日のパーティーについて

ずっと何度も何度も文句を言われてた。

 

おとなになった私は

お誕生日は仕事した。

 

休みでも、予定が何もないのは嫌だった。

働いていたほうが気がまぎれた。

 

彼氏ができてもあまり楽しい記憶はなかった。

 

お店で働いてた時には

お客さんにアクセサリー買ってもらったり

かかえきれないほどの花束がいくつも贈られてきたり

そんなこともあったっけ。

赤坂で設計事務所を経営してた人からの贈り物は

白ピンクのマリークワントの口紅で

私が絶対選ばないような色で

それでもそのセンスが秀逸で

いまだに忘れないプレゼントだ。

 

子供が幼い頃

何の用事か忘れたが

朝早くに起こした時

いつもはぐずるはずなのに

おめめをぱっちりあけて

いきなりお誕生日おめでとうと言ったことがあった。

それも忘れられないプレゼントのひとつである。

 

過去になりきれていないことは書かないが

きっと

ほんのちょっとの深い良い思い出だけで

人は生きていけるのかもしれない。

 

でも

自分のいちばん大事なお誕生日は

ほんとはやっぱり好きでいたかった。

 

ちょっと悔しい気持ちでいっぱいだ。

 

※ 移転ブログです

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