保険 アリコ

moon in the noon

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おかたづけ
旧サイトをいろいろおかたづけしているのだが
折りたたみスクリプトやらロケットBBSのスキンやら
昔はすいすいお手のものだったこと
いっさいわからなくなった(汗)

まあこうなることはわかっていたので自ログにすべて記録はしておいたのだが
見ながらでも、とてつもなくめんどくさい(笑)

相互リンクしていたようなサイトも
ほぼ放置か消滅。

うんうん。。。
たしかにインスタとかのほうが簡単で気軽で
いまの風潮によく合ってるよね。

はてさて、ネット終活はうまくいくのであろうか???

明日は息子の卒業式。
たった3ヶ月の教育隊だけど
正直、卒業までたどりつけるとは思っていなかった。
朝早く出て、日帰りの旅。
心身ともにどれだけ成長したのか楽しみです。
* 自分 * 14:22 * - * trackbacks(0)
わかった。

会社がもう危ない。

と、主に経理の人に聞かされて
もう、4年くらい経つと思う。

ここは危ないからと、転職まで
どこで募集してると、具体的に
事あるごとに勧められていた。

最近は、もう仕事もせずに
一日中、会社がもう無理って
ずっとずっと話しかけてきて
私もいい加減ノイローゼになりそう。

上司に、今日、ついに聞いた。
会社の借金は年商に及ばず
でも、まあなんとかなる額。

それより何よりびっくりする話が

私のお給料を1とすると
経理の人は2
そして上司3人は各4

電話出るのはほぼ私だけ
接客も案内も私だけ
お茶も掃除も部屋の片付け飾り付けも私

バカみたいと思いつつも
他に今以上の給料出るとこもなく
割り切れば好き勝手できるし
ほんと諸々我慢してた。

ただ、きっと上司は見ててくれたはず。
経理の人に、経理の人のお給料は高すぎて
私のお給料が安すぎるから
経理の人のお給料を減らして
私のお給料を上げてやって欲しいと
何度も話してると言ってた。

ははぁ。ってやっとわかった。

経理の人が私に転職を勧めるのは
私が会社を辞めれば
きっと経理の人が何かいい事があるからだって思ってた。
それがこれなのかって、やっとわかった。

 

※ 移転ブログです(未公開分)

* 自分 * 22:33 * - * trackbacks(0)
それでも まあ

それでも まあ

私は 幸せなんだろうと思う。

 

帰れば 子供と犬がいて

きっと 私の帰りを 待ってる。

 

ないものねだりを やめたら

きっと 誰もが 普通に 幸せなんだろうと 思う。

 

私は

いい親を持つことを もう あきらめて

いい旦那や彼氏を あきらめて

環境のいい職場を あきらめて

普通に 普通に 生きていくしかない。

って思えば

きっと ずっと 楽に 生きてける。

 

おしゃれな服にも

流行りのコスメにも

もう 胸もときめかなくなった。

自分に見合う年齢の男性は

もう 年寄じみた人ばかり。

職場だって もう選べない。

 

人は いろんなことを 諦めて

歳をとって いくのだろうか。

 

もう 受け入れるしかない

自分の 年齢。

 

白髪も しわも くすんだ肌も

悲しいほどに 見慣れた。

 

※ 移転ブログです

* 自分 * 09:59 * - * trackbacks(0)
嫌いな お誕生日

私のお誕生日が、少し前にあった。

 

幼稚園の時、

家でお誕生会をやり、

お友達をたくさん呼ぶのが流行った。

 

家にあるテーブルをすべて出し

乗り切れないほど料理を並べ

後にも先にも買ったことがないような大きなケーキ

いつもは禁止されてた炭酸飲料もたくさんある。

プレゼントのお返しや土産の菓子まで用意し

部屋にはたくさんの飾りつけ

髪も服もみんな目いっぱいおしゃれし

お友達からはたくさんのプレゼント。

たくさん写真も撮った。

みんな楽しそうに笑ってた。

私も楽しげに笑ってた。

 

今でも鮮明に覚えている。

子供の頃の思い出で

もしかしたら

一番楽しかった思い出かもしれない。

 

友達とあそぶことを禁止されていたので

一生涯において

自分の家に友達が来て

みんなでわいわいしたっていうのが

この記憶しかないからかもしれない。

 

しかし

これから先の私のお誕生日は

 

思い出が

 

父親からのプレゼントしかない。

 

私に学問的な期待しかなかった父親からは

本や勉強にかかわる物しかなかった。

私は子供らしく普通に

お人形やおもちゃが欲しかった。

 

でも言えなかった。

我が家では

子供には

意見など

なかった。

 

あのパーティーにすっかり懲りたのか

母親は

私のお誕生日をそれから先

一切、祝わなかった。

そしていつしか

私のお誕生日を

私のお誕生日だけを

 

忘れた。

 

子供の頃しばらくは

その大変だったお誕生日のパーティーについて

ずっと何度も何度も文句を言われてた。

 

おとなになった私は

お誕生日は仕事した。

 

休みでも、予定が何もないのは嫌だった。

働いていたほうが気がまぎれた。

 

彼氏ができてもあまり楽しい記憶はなかった。

 

お店で働いてた時には

お客さんにアクセサリー買ってもらったり

かかえきれないほどの花束がいくつも贈られてきたり

そんなこともあったっけ。

赤坂で設計事務所を経営してた人からの贈り物は

白ピンクのマリークワントの口紅で

私が絶対選ばないような色で

それでもそのセンスが秀逸で

いまだに忘れないプレゼントだ。

 

子供が幼い頃

何の用事か忘れたが

朝早くに起こした時

いつもはぐずるはずなのに

おめめをぱっちりあけて

いきなりお誕生日おめでとうと言ったことがあった。

それも忘れられないプレゼントのひとつである。

 

過去になりきれていないことは書かないが

きっと

ほんのちょっとの深い良い思い出だけで

人は生きていけるのかもしれない。

 

でも

自分のいちばん大事なお誕生日は

ほんとはやっぱり好きでいたかった。

 

ちょっと悔しい気持ちでいっぱいだ。

 

※ 移転ブログです

* 自分 * 16:40 * - * trackbacks(0)
忘れ去られて

やっと忘れてくれたのかなって
どこかほっとした私。

そのうち忘れられるんだろうな。とか
そのうち捨てられるんだろうな。とか

そんな不安に打ち震えているより
忘れ捨てられたほうがマシ。

もう期待しない。誰にも。

傷つけられるのはまっぴらごめん。

 

※ 移転ブログです

* 自分 * 00:34 * - * trackbacks(0)
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